多摩蘭坂(たまらん坂)

2020/05/07

5月2日は「ロックの神様」忌野清志郎さん(本名:栗原清志 1951.4.2~2009.5.2)の11回目の命日。多摩蘭坂下は今年も彼を忍び花を供え、祈る人など、各地から訪れたファンで終日賑わいました。

中野生まれの国分寺育ちの彼が一時このあたりに住んでいたことと、RCサクセション(ロックバンド)として発表した「多摩蘭坂」の舞台になったことが相まってファンにとっては聖地。「ふるさと納税」の仕組みを活用して、記念碑を建てようという動きもあったようです。

ところでこの多摩蘭坂は国分寺崖線の切通し、国分寺~国立間の多喜窪通り(都道145号線)の国分寺市と国立市の境目付近にあります。歴史的には大正14年(1925年)9月、東京商大(現一橋大学)の国立移転が認可されたのを受けて同年急遽敷設された道路。敷設当時は「5間道路」と呼ばれ、かまぼこ型の道路。もちろん舗装はされておらず、雨でも降れば、通行は難渋したようです。そんなわけで、当初国分寺から国立まで徒歩通学(国立まで電化されたのが昭和3年5月)の学生たちが、この坂で“たまらん、たまらん”と云ったのが「多摩蘭坂」の由来との説があります。